こんにちは、Markです。2023年5月19日、肺がんと間質性肺炎で亡くなった元タレントの上岡龍太郎さん。81歳でした。上岡さんは、関西を中心に活躍したお笑い芸人であり、司会者としても多くの人気番組を担当しました。その鋭いツッコミと独特のキャラクターで視聴者を魅了した上岡さんの魅力と功績を振り返ります。

漫画トリオ時代から司会者へ

上岡さんは、1942年3月20日に京都市左京区で生まれました。父親は弁護士で、母親は資産家でした。幼少期から芝居や歌舞伎、映画に熱中し、将来の夢は芝居役者でした。高校卒業後は、バンドボーイやジャズバンドの司会などを経験しました。

1959年には、ロカビリーバンド「田川元祥&リズムワゴンボーイズ」に加入しましたが、1960年に横山ノックさんの誘いにより、「横山パンチ」の芸名で横山フックさんと共に漫画トリオを結成しました。漫画トリオは、関西のお笑い界で人気を博しましたが、1968年に横山ノックさんが参議院議員選挙に出馬したことで活動を停止しました。

その後、上岡さんは「伊井パンチ」という芸名を一時名乗りましたが、婿養子だった父の旧姓を取って「上岡龍太郎」と名乗るようになりました。1970年代には、近畿放送や朝日放送、ラジオ大阪などの近畿圏の放送局でレギュラーを獲得し、中部日本放送でもレギュラー番組を持つなど近畿圏と中京圏を拠点に活動しました。

かつての相方の横山ノックさんの誘いにより『ノックは無用!』『ラブアタック!』『花の新婚!カンピューター作戦』などで司会者を務め、関西を代表するタレントとなりました。

パペポTVとナイトスクープで全国区へ

上岡さんは長年、「俺は絶対に東京に行かへん」と語っていましたが、1984年に『森田一義アワー 笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演し、1987年には『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ)が放送開始されました。『パペポTV』は翌年10月からキー局の日本テレビでも放送開始され、これが上岡さんの東京進出への決定打となりました。

『パペポTV』では、笑福亭鶴瓶さんと共に司会を務め、毒舌や下ネタ満載のトークで視聴者を爆笑させました。また、番組内では多くの有名人や政治家と対談し、時事問題や社会問題にも切り込みました。番組は1996年まで9年間続き、最高視聴率は30.1%(関東地区)を記録しました。

1988年には、代表番組となる『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)が放送開始されました。この番組では、「探偵局長」として視聴者から寄せられた奇妙な依頼や質問に答える「探偵」たち(主に吉本興業所属のお笑い芸人)を指揮しました。上岡さんは、「探偵」たちの報告内容や行動に対して容赦なくツッコミやダメ出しをする一方で、「探偵」たちが困難な依頼や危険な場面に挑む姿勢や成果に対して称賛や感動も見せることがありました。

この番組では、「探偵」たちだけでなく視聴者からも愛される存在となりました。番組内では、「局長」と呼ばれることが多かったですが、「龍ちゃん」と呼ばれることもありました。番組は現在も続いており、2021年4月現在では歴代最長在任局長(12年間)でもあります。

芸能界引退後

2000年4月、以前から放送で上岡さんは「俺は芸能生活40周年を迎える2000年の春になったら完全に隠居する」と公約していた通りに芸能界を引退しました。引退理由として、「俺の芸は21世紀には通用しない」と語っていました。

引退後は公の場に姿を見せることはほとんどありませんでしたが、2012年11月30日放送分では『探偵!ナイトスクープ』24周年記念特別企画「ナイトスクープ大集合!」内でVTR出演し、「探偵」たちや視聴者へメッセージを送りました。また、2017年3月31日放送分では『探偵!ナイトスクープ』28周年記念特別企画「ナイトスクープ大集合!2017」内でもVTR出演し、「探偵」たちや視聴者へメッセージを送りました。

2023年5月19日、肺がんと間質性肺炎で亡くなりました。81歳でした。上岡さんの訃報は6月2日に報じられました。葬儀は近親者だけで密葬で行われたそうです。お別れの会なども開催しないことを本人が固辞したそうです。

生前の逸話

上岡さんは、お笑い芸人や司会者としてだけでなく、人間としても多くの逸話を残しています。ここでは、記憶に残るその一部を紹介します。

上岡さんは、自分の芸風に自信を持っていましたが、他の芸人に対しては敬意を払っていました。特に、師匠と仰いだ 浜村淳 さんや、同じ漫画トリオの相方だった 横山ノック さんには感謝の念を抱いていました。横山ノックさんが亡くなった際には、『探偵!ナイトスクープ』で涙ながらに追悼のコメントを述べました。

上岡さんは、自分の番組で共演した若手芸人やタレントに対しても厳しく指導する一方で、温かく見守る姿勢も見せていました。例えば、『EXテレビ』で共演した 大竹まこと さんは、上岡さんが自分の危なっかしい発言に興味を持ってくれたことで番組に呼ばれたと語っています2。また、『探偵!ナイトスクープ』で共演した ぜんじろう さんは、上岡さんが自分の体調を気遣ってくれたことや、番組終了後に食事に誘ってくれたことを感謝しています。

上岡さんは、自分の番組で多くの有名人や政治家と対談しましたが、その中でも特に印象的だったのは、当時首相だった 中曽根康弘 さんとの対談です。上岡さんは中曽根さんに対しても毒舌や下ネタを交えたトークを展開しましたが、中曽根さんもそれに応じて笑顔で応酬しました。この対談は両者の人気を高めることになりました。

上岡さんは、芸能界引退後も公の場に姿を見せることはほとんどありませんでしたが、その裏では多くの人々と交流を続けていました。例えば、『探偵!ナイトスクープ』で共演した 西川きよし さんや 間寛平 さんなどは、上岡さんと定期的に連絡を取り合っていたそうです。また、女優の 秋野暢子 さんは、上岡さんから教えられた言葉が今でも心に残っているとブログで述べています。

以上が上岡龍太郎さんの魅力と功績を振り返るまとめ記事です。上岡龍太郎さんは関西から全国に笑いを届けた名司会者であり、お笑い芸人やタレントとしても多くのファンを持っていました。その鋭いツッコミと独特のキャラクターは今でも忘れられません。上岡龍太郎さんのご冥福をお祈りします。